走行距離 10,411km
先々週の金曜日、会社の友人の納車に立ち会った。
あいにくとその日は雨だった。雨の中、会社の下の駐車場に、その車はでかい図体を鎮座させていた。
ゲレンデヴァーゲンG500である。でかい。
先代Cクラスの発表とともに、メルセデスは方針を大きく転換させた。そして出てきたのがEクラス、いわくつきのMLなどである。
それまでの、「最上か、無か」という彼らの誇りは、トヨタがレクサスを登場させたことが引き金となり、今となっては消えていってしまっている。自分の手で長年築き上げてきた名声も、資本主義の前ではひざまずかざるを得ないのである。
最高のものが作れなければ、何も作らなくていい。そんな哲学のもとに作られ、今でもかろうじて生き延びているのが、SLとGシリーズだけとなってしまった。私の友人は、先々代のEのワゴンから、一目惚れしたゲレンデヴァーゲンに乗り換えたのだ。
納車まで待ち遠しそうなことといったら。ある意味納車までの時間がもっとも幸せな時間かもしれない。
先週の日曜日、会社の先輩の車に乗って山中湖まで出かけた。BMW X5の新車である。
高速を走っていると、この車が四駆であることをまったく意識しない。インテリアは、つや消しのシルバーを基本とした、非常にモダンなデザインで、カントリーロードというよりは都会が似合う車だった。サスペンションも硬めで、高速コーナーでもほとんどロールが気にならなかった。これも、でかい車である。
短い期間に2台も人の新車に乗ることができた。だが、出会いもあれば別れもある、というのは何も人間だけの話ではない。
新車を買えば、普通は下取りでそれまで乗っていた車を売らなければならない。私のZ3も、いい人に乗ってもらっていればいいのだが。
そして、一昨日連絡が入った。学生の頃からの友達が、突然シンガポールに行くことになった。19の頃からの知り合いだから、もう10年以上の付き合いになる。大学の学部も一緒で、同じ会社に、同じ時期に入り、同じ時期にNYで半年間研修に行き、6年近く同じ会社で働いた仲である。その友達の、この夏結婚予定の婚約者(よく知っている人間だけに、婚約者という呼び方は非常に気恥ずかしいのだが)が転勤になってしまったのである。
婚約者も、前の会社でいっしょに働いていた人間で、彼も空冷ポルシェ乗りである。993カレラタルガトップをこよなく愛していた。
シンガポールには、さすがに車を持ってはいけないだろう。あちらの国は、交通渋滞を避けるため、車を購入するには車を保有する権利を買わなければならない。それもたいがいな値段らしい。
もし、自分も同じように突然転勤になったらどうするだろうか。もう新車では買えない993を、運にも恵まれ半年がかりで新車同様のコンディションで手に入れたのである。おそらく私なら、ナンバーを外して廃車にして、どこかの山奥に土地を借りて車庫を建て、日本に帰ってくるまで安置しておくことだろう。
何の因果か、私が働いている業界は、お金を稼ぐことが一番大事な事とされている業界である。金さえあればほとんどの問題は片付くと思っている人も多い。昔からの友人も、自分の思い出が詰まった車も、自分で築き上げてきた名声やプライドも、当たり前だが決してお金で買うことができない。お金で買えないもの、お金で売り渡してはいけないものが、この世に存在しているというごくごく当たり前の事実を、仕事の波に呑まれて忘れてしまってはいけないと、強く心に刻んだ。