私が担当している某大会社の部長にランチに誘われ、和食をご馳走になった。
低い鴨居をくぐらないと入れない個室に通された。同席したうちの会社の若いのが、緊張していたのか鴨居に頭をぶつけ、一同の笑いを誘ったのをきっかけに、場の雰囲気が和んで会話が弾んだ。
そのため予定を若干オーバーしてしまい、午後一に会議があるという部長が慌てて席を立たなければいけなくなった。いつもは接待する側で、されることにあまり慣れていないため、急いでいるときもついお客様を先に、と思ってしまうのは、職業病のようなものだろう。
促されて、自分が接待されている側だと思い起こし慌てて部屋を出ようとしたら、目の前の鴨居に思いっきり頭を強打。さっき入ってくるとき若者が頭ぶつけたばかりではないか。でも慌てていたので急いで通過しようとしたら、身長の高い私は自分の頭頂部を思いっきり木の梁にヒットしてしまった。
本人は笑い話にしよう、と星の飛んだ頭を押さえて笑っていたのだが、お客さんが物凄い顔をして大丈夫ですか、という。何が起こっていたのかわからなかったのだが、頭を押さえていた手に生暖かい感触が。そう、ぶつけただけと思っていた頭がぱっくり割れて、大流血しているではないか。
その後は店長は飛んでくるは、ほかの客は怪訝そうにおしぼりを血で染めた四人連れを遠巻きに見守るは(そりゃランチ食べに来て流血している客なんかいないだろうし)、有楽町の大通りを渡って外科に行くときにはそれはそれは目立ちました。お客さんは笑いをかみ殺しながらも大変気を使ってくださっていた。
外科に行き、昼食中の医者に無理を言って診察してもらい、その場で二(四?)針縫われた。髪の毛切りませんから、と医者は行ったが看護婦は無慈悲にジョキジョキ傷の周りの毛を切った。
嫌な予感はしていたが麻酔は効かず、「痛くないでしょ?」といいつつ医者が挿した針は思いっきり私の痛覚を刺激し、慌てた医者が麻酔をあと二本打つ、といったが二針縫われるのと何が違うのか、と思い「いいからそのままやってください」と頼んで縫合してもらった。
ランチの後のアポイントメントはキャンセル、翌日から南の島でバケーションの予定だったのに泳ぐことはおろかしばらくシャンプーするなとまで言われ、相当へこんだ。傷がくっつくまで酒も控えろとのこと。そして十円ハゲどころか500円×2ハゲぐらいの頭になってしまっている。休みの前にそれはないだろ、とほほ、という感じであるが、自業自得である。
頭のてっぺんに8センチ四方の白いガーゼをピンで留め、会社に戻った。結構間抜けな格好だが、周りの髪の毛を立たせている上、身長が180cm近くあるので直立しているぶんには人に気づかれない。
しかし、その後社内で緊急ミーティングがある、とのことで会議室に呼ばれた。年に一度あるかないかぐらい珍しいことで、かなりシリアスな内容であることが予想された。40人ほどが呼ばれた。しょうがなく着席し、ミーティングが始まるまで何とか頭の傷を人に見られないようにしようとしていたら、前の席に座った小僧がわざわざ立ち上がって私の頭頂部を観察し始めた。
すると、発表を行おうとしていたうちの会社の世界中で最も偉い人の一人であるおっさんが私の頭の異変に気づき、全員の前で「お前その頭どうしたの?」とでかい声で私に声を掛けた。
斯くして私の情けない流血の惨事とその原因は社内全体にあっという間に知れ渡り、アシスタントの子の視線がいつもより若干高かったり、含み笑いをしながら別の部署の秘書が通り過ぎたりし、私は午後ずっとどうしてもキーボードを叩かなければいけないとき以外は直立不動で過ごしましたとさ。あーあ。
医者から一週間ほどは傷口の周りはぬらさないよう厳命されていたにもかかわらず、怪我をした翌日から夏休みで南の島に出かけた。いつまでも白いガーゼを頭に乗っけているわけにもいかず、ハゲの周りの髪の毛を立たせることで目立たなくして精一杯のフォロー。当初二日ぐらいはハゲの周りを濡れタオルでこすってシャンプーの代わりにしていた。 三日目から、頭がかゆくてしょうがなくなり、シャンプーへの欲求が急激にもたげてきた。というのは嘘で、どちらかというと頭を洗っていない事実そのものに耐えられなくなってきた。傷口を触ってみるとだいぶくっついてきているようなので、とりあえず頭頂部を恐る恐るシャワーで洗い流してみたところ、痛みがほとんどない。やはり久しぶりのシャワーは恐ろしく気持ちがよかったので、調子に乗ってシャンプーしてマキロンで消毒してしまった。
タオルで髪の毛を乾かしていると、手のひらに糸くずが。まさかシャンプーして縫っていた糸が取れてしまったのか、と思ってあせるものの、傷口を見ているとちゃんと糸が残っていてほっとする。
結局四日目以降は全く傷を無視してガシガシシャンプーしていた。そして東京に帰ってきて、抜糸しようと思っていたらあいにく病院が休診。本来抜糸した後の方がいいのは分かっていたが、いい加減髪の毛が伸びてきたので耐えられなくなり、美容院にまで行ってしまった。流石にスタイリストの方もびっくりしていた。ずいぶん気を使ってカットしてもらったのだが、カットも終わろうかというときに、櫛の先が思いっきり糸に引っかかってしまい、美容師さんが一生懸命謝っていた。どちらかというと悪いのは私のほうなのだが。
翌日、件の外科に出向いて抜糸してもらうことにした。その外科は有楽町のビルの中にある。昼過ぎに一週間ぶりに外科を訪れた。一週間、シャンプーするなといわれていたにもかかわらず、休暇明けで真っ黒に焼けて、いかにも「海で遊んできました」といわんばかりの外見。さらに、髪の毛もすっかり短く切ったばかりで、「あなたの指示を完全に無視しました」と言っているようなものだった。
前回先生は縫合するに当たって、「髪の毛ほとんど切りませんから」とおっしゃっていたにもかかわらず、無慈悲に傷の周りの髪の毛をジョキジョキ切ったちょっと怖いめの看護婦さんが出てきたので、一気に緊張した。抜糸するときにやはり怒られるかな、と思う。
待合室は、前回処置してもらったときとは違って満員状態だった。処置してもらったときは昼休みだったのでほかの患者さんはおらず、すぐ縫ってもらえたことはとてもラッキーだったと気づく。そういえば先生が出てきたときはもぐもぐ咀嚼中だったからなあ。 すぐに見てもらえるのかと思っていたら、一時間半ほども待たされた。というのも、その外科は丸の内警察のすぐ裏にあるビルの中にあるため、十五分に一回ぐらい、制服姿の警官二人と私服刑事に連れられた、手錠と腰縄をつけて拘置中の悪い人たちが診察に訪れるのだ。それらの人たちは、優先的に診察してもらえるようになっている。まあ、それはそうだろう。そうでなければ外科の待合室が犯罪者と警官だらけになってしまい、そんな病院には患者さんは寄り付かなくなるだろうから。
ようやく自分の診察の番が来た。先生は開口一番、「よく焼けてるねえ、海でも行ったの?」とおっしゃられ、いきなりの先制パンチ。「髪の毛も短くなってるし」と畳み掛けられ、こちらはぐうの音も出ない。でも傷口を見て、「完全に直っていて、痕もほとんど残っていないよ、優秀優秀。」とおっしゃってくださった。「じゃあ抜糸しようか」と看護婦さんに指示を出す。「二本のうち、一本はなぜかなくなっちゃっているから、すぐ終わるよ」といってこっちを見て先生がニヤニヤしている。
なんと。縫合三日目のシャンプーの後、手のひらに残った糸は、糸くずではなかったのだ。タオルの生地とは感じが違う糸だとは思っていたが、自分の適当さ加減にくらくら来た。先生は全てお見通しで、しょうがないやっちゃ、という感じであった。
診察が終わり、「傷跡が残らなかったのは先生の早期処置のおかげです」とぺこりと頭を下げた。先生は「若いと直りも早くて良いな。もうこんなところ二度と来なくて良いからなー」と笑いながら言っていた。そりゃそうだ。何度もランチ食べて脳天割っている場合ではない。
仕事をしながらよく中古車のHPを覗いている。結構気分転換になるし、いくつか定点観測している中古車屋さんの店頭から、凄い勢いでコンチネンタルGTやらファントムやらが売れていっているのを見ていると、日本の景気も底堅いことが判る。(仕事してない言い訳みたいですが。) かなり細かくチェックしているので、ひそかに中古車サイトのかなりマニアックなネットサーファーであると自認している。
最近見ていた中で、コストパフォーマンス極大、エンスー(あまり好きな言葉ではないのだが)の方にお勧めの究極のドライビングスリルが楽しめるであろう一押しの一台を発見した。その名は、TVR Chimaera Clubman、98年式、295万円オファーだ。手作りのバックヤードビルダー、TVR。車体番号を示すプレートも手書き。いつも結構マニアックな車を扱っている大昭自動車の在庫である。
これは恐らく凄いことになっているに違いない。昔、GranTurismoで遊んでいたとき、Chimaeraのステージになると、ハイパワー、ショートホイールベースのせいでオーバーステアがびしびしきて、めちゃくちゃコントロールが大変だったことを思い出す。実車を運転したことはないが、人馬一体感が恐ろしく高く、首都高では恐らく料金所のおじさんに見下ろされるぐらい車高とアイポイントは著しく低く、渋滞でトラックに前後を挟まれたら踏み潰されるのではないかとの恐怖心と戦わざるを得ず、路面の段差は内臓に響き、ゴーカートのようにロールせず、テールが流れてアクセル戻したら速攻でねずみ花火あるいはコマのように回り始め、クラッシュしたら衝撃を吸収するだけの余裕は全くない、そんな極めて男前な車であることは想像に難くない。
そんな、究極のドライビングプレジャーあるいはスリルを味わえるに違いない車が295万円オファーである。アドレナリンが脳内でドーパミンに変わるような特異体質の人専用か?安寧な生活に別れを告げ、ハードボイルドな人生に自分をリセットしたい、という人には決定的な媚薬となるであろう。
Mazda Roadster 3rd Generation Special(限定最上級モデル)が定価275万円であることを考えると、
1. 8年落ちであること(でも走行たった6000km)
2. TVRって今正規輸入代理店あったっけ?(故障時誰が直してくれるのだろう?)
3. とても堅気の車には見えないボディカラー
というネックはあるものの、RoadsterでなくChimaera買うのは結構熱い男のチョイスかもしれない。この車を芦ノ湖スカイラインで乗りこなせれば、ポルシェでケツが流れたぐらいでパニくったりするような軟弱なドライバーなんぞ足元にも及ばない、立派な極右武闘派オヤジドライバーの出来上がりである。
しかしTVRのメンテナンスを行っているオートライフさんのHP見てると相当大変そうだ…。かなりの覚悟が必要かも。
(念のためですが大昭自動車さんからは一銭も頂いておりません)
サウスバウンド
奥田 英朗
久しぶりに読む、爽快な小説。読了した後、何人もの人に「この本面白かったよ」と勧めて歩いてしまった。これまで当たり前と思ってきたことが必然とは限らない、ということを、元左翼活動家の父親の行動を通して小学生の男の子が学んでいくというストーリー。というととても政治的で堅苦しい小説かと思うかもしれないが、私がくすくす笑いながら読書していたら家人が怪訝な顔をしていた。
自分の日本近代史の知識のなさっぷりに最近までくらくら来ていたが、沖縄や西表の歴史について自分が何も知らないことを思い知らされた。でも単純に南の島についての描写を読んでいると、せちがらい東京に住んでいることがあほらしくなって来る。人々が決して豊かでない中で助け合って暮らしていていることに対して、自分には直接何の関係のない世界かもしれないけれど、そんな世界がいつまでも続いてほしいと思う。
かなり良い意味で歪んではいるものの、実は典型的なヒーロー大活躍系の小説なので、読後感が極めて涼しかった。あっという間に読めてしまう一冊。娯楽小説として一級品だと思う。
東京タワー リリー・フランキー
最初は読みにくくて、最後まで辿り着く自信がなかった。一文一文が個性的で、慣れるまでちょっとつらかった。でも途中から引き込まれ、そうなると止まらない。自分の気持ちを文章にするのはとても難しい。特に下らないけれど面白いことをやっている時の自分の中に、何となく後ろめたく感じている一歩引いた自分がいる、などということを活き活きとした文章の中に埋め込む作業はきわめて難しい。でもリリーさんの独特の文体の中で、それは自然に成し遂げられている。
親に対する複雑な感情(といっても98%は愛情と感謝の気持ちだが)を、ミルフィーユのように幾重にもエピソードを重ねてわれわれに提示している、単純なようでいて後を引く小説。「人は死ぬ」という厳然たる事実から、われわれが如何に目を背けて生きてきたのかということがよくわかる。ここまで親に対する愛情を人前に曝すのはなかなかできることではないが、親のありがたみがわかった時には遅すぎて、いくら後悔してもし切れなかったことがこの小説を彼が書き上げた原動力となった気がする。すべての親不孝者へ。
実家のフレンチブルドッグのコパン君が2歳になった。昔に比べて随分と大人になり、人が話す言葉もなんとなくわかっているようだ。散歩に連れて行って、暑くなるとどこでも腹ばいになり、前足を前に、後ろ足を後ろに投げ出してうずくまってしまうので、恥ずかしいことこの上ない。
黒い体の首の後ろにナイキのスウォッシュのような白い毛が生えているところがあるのだが、口の中の粘膜も黒ぶちがあるから面白い。
実家に帰ると、いつも私の後ろをくっついてくるので、トイレに入っているときはドアの前で待っているし、シャワーを浴びているときは濡れたくないけど興味しんしんなのでドアから浴室を覗いている。