香港に初めて行った。久しぶりに、完全に土地勘を持ち合わせていない街。私は方向音痴ではないのだが、建物の中、特にデパートの中などで方向感覚を失うという奇特な性質を持っているのだが、香港はまさに私にとって方向感覚を失わせる奇妙な街だった。
香港在住の方に、香港の車事情について面白いお話を伺った。香港では、ライセンスプレートの番号は自分に帰属するものらしい。すなわち、一度取得した番号は、車を乗り換えたらまた次の車に使えるのだ。香港のライセンスプレートはアルファベット2文字と数字4桁の組み合わせが基本。ただし、ライセンスプレートの発給が始まった頃は、最初数字のみで9999枚発行され、その後アルファベット1文字と数字4桁の組み合わせ、その後現在の組み合わせとなったそうだ。
廃車になってもナンバープレートが残るわけで、「もしあなたが街中で数字のみのナンバープレートを持つ車に乗っている人たちを見たら、その家は香港が植民地になってすぐにここに来て、車を持つだけの財力があった人たちだということですよ」と教えてもらった。つまり本当の大金持ちのみのものらしい。因みに現在では7000枚程度しか残っていないらしい。
私は4日間の旅程の間、2台の数字のみのナンバーの車を見た。1台は街中で見たBentley。さもありなん、という感じだった。もう1台は、宿泊していたGrand Hyattの車寄せにオープンのまま無造作に駐めてあったMaranelloというか550 Barchetta。これも納得できる。
おかしかったのは、少し前までアルファベット2文字がLVになっていて、ブランド好きの香港人がこのタイミングで登録を急いだそうだ。トヨタを買ってもLouis Vuitton、ベンツを買ってもLouis Vuittonという訳だ。
また、日本と異なり、ライセンスプレートを譲渡することも可能。香港では日本同様に縁起の悪い数字は4。風水の本場では、やはり高級車で4が付くナンバーを持っている車はまったく見なかった。9は日本と異なり縁起がいいらしい。私にいろいろ教えてくれた現地の方は、景気のいい頃「2868」のプレートを投機目的で購入したといっていた。早く儲かる、楽に儲かるという語呂がかかっていたそうで、3万香港ドルで購入(45万円程度)したが金に困って安値で手放して損をした、という話をしてくれた。
そんな話を聞いたものだから、タクシーに乗っていて高級車を見るとついナンバーが気になってしょうがなかった。香港で走っている高級車でほこりをかぶっている車はほとんど見なかった。もちろんMercedesは多いが、JaguarやBentleyを見ると、大英帝国のかつての威光を思い出させる。
私は昔からおなかが弱い。したがって会社では「ゲリラー」と呼ばれている。昨日も芝公園の味芳斎という薬膳中華料理の店に行って、重慶牛肉飯という看板メニューを食べたのだが、あまりの辛さに一瞬にしてゲリラーに変身した。とっても旨いのだが。辛いものがお好きな方はぜひおすすめだが、汗かきの人、ゲリラーにはまったくおすすめできず。
今朝、JRの駅のホームをまるで引ったくりが逃走しているような速さで、なおかつ物凄い勢いできょろきょろしながらダッシュしているサラリーマンを見かけた。ゲリラーとして、彼が恐らく催して死にそうな気持ちでトイレを探しているのではないか、とすばやく想像力をめぐらせたのだが、案の定、エスカレーターを駆け上って恐ろしい速さでトイレに突入していった。気のせいかわからないが残り香があったような気がする。討ち死にか。残念。
かつてZ3に乗っていた頃、小田原厚木道路の上りを走っていて、料金所の手前で渋滞にはまった。渋滞5km。当時はETCもなく、本格的な料金所渋滞だった。そんな中、運の悪いことにおなかがきゅるきゅる言いはじめた。嫌な予感はあったのだが、まさか渋滞中に発作が起こるとは予想だにせず。半クラッチ操作を行うのも厳しいぐらい便意を催した。たった5km、されど5km。考えたくないが最悪の事態への備えを、いつもの10%程度しかなくなった思考能力を使って考えていた。因みにまだ独身の頃で、助手席の主にはまさか超緊急事態だと言い出せる雰囲気ではまったくない。料金所を出たところにパーキングエリアがあることはわかっていた。そんなときは路肩走行すればいいのだが、なぜだかそれは思いつかず、品行方正に渋滞の中に閉じ込められていた。
30分近くかかっただろうか、寄せては返す腹痛と便意の波に耐えながら、本当に死にそうになりながら料金所を通過。超乱暴に駐車し、腹痛の人特有のちょっとえびぞりながらの早足でトイレに向かった。人生でこんなに括約筋を緊張させたのは初めて、というぐらいのものだった。ジーンズのボタンに手を掛けんばかりの勢いで、緊張感と安堵感が入り混じりながらトイレを目指し、何とか助かった、と思ったが、なんと、トイレに行列ができているではないか。あまりのショックに文字通り膝から崩れ落ちそうになり、緊張の糸がぷちっと切れたため、あわや大惨事になるところだった。
絶望が襲い掛かる中、5%程度に低下した思考能力をフル回転させて、自分でも天才だと思ったのだが身障者用のトイレを発見した。「頼むから先客がいませんように」と心の底から願った。そして、何とか、奇跡的に、大惨事を免れることができた。デート中に大惨事を引き起こしたら、どうすればよかったというのだろう。
今でも、おなかの具合があまりよくないときに首都高目黒から都心を目指すとき、一の橋から渋滞5km、などと書いてあるとかつての経験がトラウマのように襲い掛かる。
あまり一見の客が来るとは思えない立地にある、穴場の店。この一ヶ月程度の間で三回も訪れてしまった。マンションの一階にある店なのだが、そのマンションの外装がローマ古代建築のエンタシスを思わせるもので、塗り壁と小さな潜り戸を持つ鮨屋の外装ととってもミスマッチ。一度外見だけ見に行くのも話のタネにいいかもしれない。
しかし戸を潜ると正当な江戸前寿司が出てくる予感が強まるような、立派な店構え。どんなに貫禄がある板前さんがいるのだろう、と思うが、この店の主の佐野さんは恐らく30代前半。もしかしたら私より若いかもしれない。
ここの特徴は、量もクオリティもしっかりとしたつまみが出てくること。最近小食な私は、つまみだけでおなかがいっぱいになってしまう。牡丹海老、ししゃも、鯛の白子など、様々に変化があって飽きさせない。酒飲みにはたまらないであろう。
鮨はまっとうな江戸前の鮨。若干小さめに握られた鮨は、どれもしっかりとした仕事がしてある。どれも平均点以上に旨いのだが、ずば抜けて旨いタネがないのが少し惜しい。しかし価格に見合っただけの価値はある店だと思う。まだ若い店主がこれからどう成長していかれるのか、期待したいし、先物買いするだけの価値はあるような気がする。
ただし仲居さんと最近入られたお弟子さんは若干???な感じ。客の少ない日に、佐野さんの前に陣取ることをおすすめする。