以前から強く思っていたのだが、車の雑誌に欠けているものは、「どうやって車の(も?)ある生活を楽しむか」ということではないか。生活を楽しむ、あるいは個人主義の象徴としての車を通じて自己主張をする、という観点で作られている雑誌はあるが、車に関する記事について言うと、車に乗ることそのものが目的になっている傾向が無きにしも非ず。車そのものは目的ではなく、人生を楽しむための手段ではなかったか。
たとえばENGINE最新号は、新車レビュー、すでに発売になっている車をプロドライバーが乗り比べる企画、腕時計の新作について、この冬のファッション、というのが主な記事だ。ENGINEは最も好きな車の雑誌だが、あえて批判的に言う。今挙げた主な記事だけ読んでいても、今ある自分の車との生活をどうやってより楽しいものにしていこうか、という観点からは得られるものが残念ながら少ない。そういった観点で読んでいて楽しいのは、たとえば長期試乗レポートだったり、読者の特定の車に対する強い思いだったりする。あるいは、新車レビューを兼ねたグランドツーリング特集など、実際に自分の今の車でも行って楽しむことができる記事は、一生懸命読んでしまう。アウトバーンでの試乗でもなく、ニュルでもフィオラノでもなく、自分の家から実際に行けるところ。
読者は年がら年中次に買う車の検討をしているわけではないのだから、雑誌を作るにあたって今ある車との生活をどう楽しむか、という視点がもっと色濃くあってもいいように思う。もしその視点が「日常」であって「非日常」でなく、「Quality Magazine」として他の雑誌と差別化したいという考えから外れるというのであれば、「非日常」アイテムを散りばめれば良かろう。たとえば隠れた名旅館を、日本の誇る時計職人の工房を、あるいは日本で最もクオリティの高い家具を作っているアトリエを訪れる小旅行のアイデアなど。誰もENGINEに「東名上りは海老名サービスエリアから一番左の車線が最も流れる」とか、「オービスがどこどこに新設されました」という類の情報を求めているわけではないので。
ミシュランは「わざわざ旅をしてでも出かける価値のあるレストラン」を三ツ星のレストランの定義にしている。そして人々を旅に駆り立て、タイヤを消耗させ、そこに行くまでの地図を売る。ただしミシュランが売っているのはただタイヤや、赤いガイドブックや、オレンジや緑の地図だけではなく、人生をどうやって楽しむかのアイデアを、欧州の小うるさいエピキュリアンに売っているのだ。
レストランでなく、宿でもよいのだが、そんな目的地を持った旅は、本来の目的である美味い料理や、心からの休息に加え、そこに辿り着くまでの風景、少し一生懸命運転してしまうような道、立ち寄る価値のある場所(温泉、美術館、何でもよい)など、さまざまな要素があり、それらが小旅行を楽しいものにする。それはもっと言うと、車を介して、人生を楽しむことだ。シートをアップライトにし、目を三角にしてヒールアンドトーを決め、荷重移動を意識しながらA地点からB地点まで最短時間で駆け抜けるだけが車の楽しみではない。臭い言い方だが、「ライフスタイルを提案する雑誌」であるならば、今保有する車でいかに人生をより楽しいものにするか、という視点がもっとあってもいいのではないか。
残念ながら、日本の旅行ガイドあるいはレストランガイドで、強いこだわりのあるものはほとんどない。通り一遍の観光地を通り一遍に取材あるいはほかのガイドブックからコピーし、金を払って掲載してもらおうとするレストランや観光客受けする店ばかり記事にする。どんどん日本のツーリズムは白痴化していく。少し話はそれたが、安易に情報を発信するのは極めて簡単だが、クオリティの高い情報を発信すること、こだわりを持って記事を作ることは大変難しい。「ライフスタイルを提案する雑誌」として、ENGINEには、車のある生活をより充実させる内容の記事を期待したい。車との生活は、車を選んだ時点で終わるのではなく、そこから始まるのだから。日本を代表するHigh Quality Car Magazineとして一定以上の質を保ちながら頑張ってほしいと思う。(「日本を代表」などといいながら英語で定義するのもわれながらどうかと思うが。)